大判例

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大阪高等裁判所 平成9年(行コ)7号 判決

控訴人

大阪府公安委員会

右代表者委員長

大野眞義

右訴訟代理人弁護士

井上隆晴

青本悦男

細見孝二

右指定代理人

平塚勝康

外六名

被控訴人

西原順子こと姜順子

右訴訟代理人弁護士

大宅美代子

東出強

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  申立て

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

第二  事案の概要

次のとおり付加・訂正するほか、原判決の「事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決七頁一行目の「明らかである。」の次に「また、名義貸し行為は、自らの意思で営業主体とならない行為で、営業を休止している状態と評価できるから、実質的には風営法八条の取消事由に該当する違法行為でもある。」を加える。

二  同頁二行目から四行目を「名義貸し行為があれば、その行為の違法性の悪質・重大さのゆえに、非常に特殊な事情が認められない限り、原則として、著しく善良の風俗若しくは清浄な風俗環境を害し、若しくは少年の健全な育成に障害を及ぼすおそれがあると推認すべきである。しかし、本件においては、そのような特段の事情は存在しない。」に改める。

三  同八頁一行目「であること」を「を長期間継続したこと」に改める。

理由

一  甲一ないし二〇号証、二二、二三号証、乙一号証の1ないし40、及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

1  被控訴人は、昭和五〇年に、「OK」ぱちんこ店の名で営業していた大阪市住之江区東加賀屋三丁目一五番一五号所在の店舗建物を買取り、昭和五〇年一一月六日、控訴人より、風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(以下「風営法」という。)により、そこで同じ名称でぱちんこ屋営業をすることの許可を受けた。

2  被控訴人は、「OK」の営業の実務は、夫の西原伸起に任せていた。

3  このぱちんこ屋での売上が思わしくなかったので、被控訴人の夫西原伸起は、平成五年八月三一日に、ツクノ興産株式会社に対し、このぱちんこ店建物を期間一〇年、賃料月三八〇万円の約で、賃貸し、被控訴人の名義を使用し「OK」の名で、ぱちんこ屋営業をすることを許諾した。ツクノ興産株式会社は自ら営業許可を受けないまま、被控訴人名義を使用して同年一一月から平成七年九月五日までそのぱちんこ屋営業をした。

4  被控訴人は、平成五年八月より同七年八月までの間、計三九回にわたり、「OK」の営業につき、遊戯機の入れ替え等の変更の許可を申請して許可を受け、または風営法による届出をした。これらの申請・届出は、ツクノ興産株式会社がそこで営業をする必要上したものであって、被控訴人自らの営業の必要上したものではなかった。

5  住之江警察署警察官は、右3の行為が風営法に違反するとして、平成七年九月五日、被控訴人方とツクノ興産株式会社を捜索し、被控訴人、西原伸起、その息子西原厚、ツクノ興産株式会社関係者を逮捕した。それでツクノ興産株式会社は、平成七年九月六日に西原伸起に対し、前記3の賃貸借契約の解約を申入れた。前記賃貸借契約一九条二項には、風営法上の関係でツクノ興産株式会社の営業が継続できなくなった場合は、本契約は当然に終了するとの規定があった。被控訴人、西原伸起もこの解約を了承した。それ以降右店舗ではぱちんこ屋営業はされていない。

6  前記3の行為について、西原伸起、その息子西原厚は風営法一一条、四九条一項三号により、ツクノ興産株式会社関係者は同法三条一項、四九条一項一号により、罰金に処せられた。被控訴人は起訴猶予処分となった。

7  被控訴人は今回の風営法違反を反省し、今後このようなことを再発しないことを誓っている。

二  次の事実は本件全証拠によっても認められない。

1  控訴人、西原伸起、又は西原厚において、本件処分までの間に、前記一3の営業名義貸与以外に、風営法に違反しあるいは風営法四条一項二号に定める罪を犯したことがあったこと、または善良な風俗若しくは清浄な風俗環境を害する行為があったこと、または少年の健全な育成に障害を及ぼす行為があったこと

2  ツクノ興産株式会社において、「OK」ぱちんこ屋営業につき、前記一3の無許可営業以外に、風営法に違反する行為があったこと、または善良な風俗若しくは清浄な風俗環境を害する行為があったこと、または少年の健全な育成に障害を及ぼす行為があったこと

三  風営法二六条一項前段は、風俗営業許可取消の要件について、「風俗営業者又はその代理人等が、当該営業に関し、法令若しくはこの法律に基づく条例の規定に違反した場合において、著しく善良の風俗若しくは清浄な風俗環境を害し、若しくは少年の健全な育成に障害を及ぼすおそれがあると認めるとき」と規定し、風俗営業の停止又は風俗営業許可の取消をするためには、「法令……の規定に違反した場合」という要件(以下「違反要件」という。)と、「著しく善良の風俗若しくは清浄な風俗環境を害し、若しくは少年の健全な育成に障害を及ぼすおそれがあると認めるとき」という要件(以下「公益要件」という。)の双方を充足することを要求している。

前記一1、2、3認定の事実によれば、本件処分は右の違反要件を充たしているものと認められる。

四  しかしながら、前記一、二の認定によると、本件処分につき公益要件を充たしているものと認めることはできない。

控訴人は、営業許可名義貸し行為があれば、その行為の違法性の悪質・重大さのゆえに、非常に特殊な事情が認められない限り、原則として、著しく善良の風俗若しくは清浄な風俗環境を害し、若しくは少年の健全な育成に障害を及ぼすおそれがあるとの公益要件の存在を推認すべきであり、被控訴人についてもこの公益要件の存在を認めるべきであると主張する。

しかしながら、この控訴人の主張を認めることはできない。その主な理由は次のとおりである。

1  風営法は、営業許可取消の要件として、二六条一項前段によるときは、違反要件のほかに、公益要件を別個の要件として規定している。しかし、同項後段(処分・条件違反)によるときや八条によるときには、公益要件は不必要とされている。これによると、二六条一項前段の公益要件は、当該営業に関し、法令若しくはこの法律に基づく条例の規定に違反があれば、非常に特殊な事情が認められない限り公益要件が充たされるとするのは、法律が公益要件を別個の要件と定めた趣旨を害するものである。このことは違反行為が許可営業名義貸しの場合でも異ならない。

2  許可営業名義貸しは、無許可営業を助け、風営法の定める風俗営業許可制度を無視するものであるから、同法の定める犯罪の中でも重い刑罰を科すものとしている。しかし、刑事処罰は過去の違反行為に対する制裁を目的とするのに対し、営業許可取消制度は将来における行政秩序の維持、行政目的の達成を目的とするものであって、二六条一項前段に、「おそれ」という将来の予測を要件としているのも、この趣旨に出たものと理解される。したがって、許可営業名義貸しが刑罰的見地から悪質であることは、直ちにそれがあったときに許可取消に結びつける論理的な必要性はないのである。そして、法律は公益要件を別個の要件として定めているから、許可営業名義貸し行為が刑事処罰的見地から悪質であるからといって、それがあったときに、非常に特段の事情が認められない限り、許可取り消し処分ができるとするのは、立法者である国会の意思にも反するものである。

3  更に公益要件にいう「おそれ」は処分の時点で存在することが要求される。違反は過去の事実であるから、それが直接に公益要件を充たすものではない。勿論、風営法二六条一項前段の「おそれ」は、将来の見込であるから、それは過去の行為から推測するほかはない。その点では違反行為も、「おそれ」を推認する一つの事情であるが、違反行為の性格やそれ以外の事情も考慮して決定されるべきである。

4  許可風俗営業者(又はその代理人)が、年少者を客として立ち入らせること、年少者に客の接待をさせること、現金を商品として提供することなどの具体的行為に比べると、控訴人の許可営業名義貸し行為自体は、直接に「著しく善良な風俗若しくは清浄な風俗環境を害し、又は少年の健全な育成に障害を及ぼす」行為ではない。せいぜい、許可営業名義貸しは、営業許可のない者の営業を助けるから、営業許可基準に達しない者が営業する可能性が生じ、その無許可営業者には行政庁の監督行為が及ばないことになるという点で、風営法一条の目的に反することになるに過ぎず、二六条一項前段に定める「善良な風俗若しくは清浄な風俗環境を害し、又は少年の健全な育成に障害を及ぼす」ことへの具体的影響は比較的に低いと言わざるを得ない。本件ではツクノ興産株式会社が「OK」の営業中に「善良な風俗若しくは清浄な風俗環境を害し、又は少年の健全な育成に障害を及ぼす」行為があったとの立証はないのである。また、被控訴人又はその代理人に、他にぱちんこ屋営業に関し、過去に風営法に違反し、あるいは四条一項二号に定める罪を犯したことがあったとか、善良の風俗若しくは清浄な風俗環境を害する行為があったとか、少年の健全な育成に障害を及ぼす行為があったとか、将来そのようなことをするおそれを推認させる行動があるとかの具体的証拠はない。

そうすると、本件処分の時点で、被控訴人に「著しく善良な風俗若しくは清浄な風俗環境を害し、又は少年の健全な育成に障害を及ぼすおそれ」があったと認めることはできない。

五  以上判断のとおり、本件許可取消処分については、風営法二六条一項前段の公益要件を欠いている瑕疵があるから、違法であって取り消されるべきである。

よって、被控訴人の本件請求は理由があり、原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官井関正裕 裁判官河田貢 裁判官佐藤明)

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